GreatHunting

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  • Great Hunting Special Contents

    Great Hunting Special Contents
    小南泰葉のアーリー・デイズ〜"音楽で生きていく"を夢見ていた頃

    "死なないアーティスト"になりたい、と本気で思ってました。自分は絶対に歌う人になる、自分には才能がめちゃくちゃあると思っていた。でも、才能あるアーティストは若くして死んでるもんやし(大好きなジャニス・ジョプリンとか)、30越えられない壁みたいな。そして、いつも自分には漠然とした死への恐怖と誘惑があったから、絶対に死なないで、プロになってやろうと。

     初めて人前で歌ったのは中一の時の文化祭。人の曲を歌い、賛美を自分のものとし、気持ちよくて忘れられないステージだった。"これはちょっと中毒になるわ"と思ったし、全員の目が自分だけに集中しているその光景は忘れられないシーン......。今、ステージに立っている時の純粋さと集中力は結構その時と同じかも。でも、今のほうが怯えてる。今は自分の強さも弱さもわかっているから。

     オリジナルを作り始めたのは大学生の時。自分は音楽の物真似がうまいんです。でも、これでいいのかな?と思った。音楽以外でも、自分は器用貧乏なのではないのかという不安もあった。"なんでも手を付けるけどどれも突き抜けない"みたいな。プロになるためにはオリジナルを作らねばと思ってたけど、当時はそれを続けることができなかったですね。オリジナルを初めて人前でやった時は、自分の思想と哲学を含んだ曲、言葉を聴かれるのはめちゃめちゃ恥ずかしかったです。ケツの穴を見せるような感じがしてました。そして例え誉められたとしても、当時は自分の曲に満足もいってなかったし、歌詞についてもめちゃめちゃ軽く考えてたし。びくびくしながら人前でやっていたので励みにはなったけど、全然喜べなかったですね。こんなんじゃダメだろうと。

     大学では軽音楽部で初めてライヴハウスに出ました。たしかまだオリジナルとコピーが混ざってましたね。憶えているのは......当時、焼き鳥屋でバイトしてたんですけど、肝が大好きだったのでステージ上で「私は人間の肝が食べたいです!」というMCをしてまわりがドン引きしてたことぐらい。でも、今もそんなことを言い続けている。軸がブレてへんなぁ自分。すごい。映画「アシュラ」のお話をいただき、人肉を食う映画に曲を書き下ろしたり。なんか世界は繋がってるなあ。あの頃は誰も理解してくれなかったのに。まあ今もそんなに理解はされてないけど(笑)。

     ちょっと後に、初めて純粋にオリジナルばかりでライヴハウスに出ました。自分で初めて出たのは心斎橋の〈AtlantiQs〉。ストリート・ライヴも始めて、心斎橋・大丸の前で弾き語りしてました。人を集めるのが難しくって、自分の音楽をお金に換えるのってこんなに難しかったのか、いままでみんな友達とか人間関係で来てくれてたんだなとかわかったし。一人だけ、新幹線に乗って広島から来てくれてた男の子がいたのを憶えている。私のファン第1号。最初は摩訶不思議だった。自分のためにすごいお金と時間と労力を使って聴きに来てくれる。それが力にはなるけれども、それに見合うぶんを返せているのかなあ?と思ってしまう自分がいた。

     その頃、Great Huntingにデモを送ったら、連絡をくれたのが加茂さん。そのあとも何度か電話で話したり、デモのレコーディングをしてもらったり。ちなみに加茂さんと出会った頃から、私、自分のこと大嫌いになったんです。他人とどうやって話していいかわかんないから、何か訊かれても思うようなアンサーができなくて。自分の持っているアンサー0.5を0.6にもできなくて。言いたいことはあるのに言葉に出きなくて。こんなんじゃきっと自分はどこへも立てないわと思って。ストリートで人だかりを作ったりはできなかった。曲や演奏もそうなんだろうけど、お客さんとのコミュニケーション、距離感をどうとればいいのかも自分には難しくて、ただやみくもにやっていた──そんなふうだったから思うようにお客さんも増えなかったし、こんな曲やって2千円とれへんわとか、消極的なことしか考えなくなっていった。自分のオリジナルにも自信が持てなかったし、他者の才能が目についてしまう──それがそのあと、音楽の中断、そして失踪に繋がっていきました。

     東京でのライヴはというと、一人でやったり二人でやったり、とにかく弾き語り。初ライヴは表参道のFAB(現・GROUND)で、湯川潮音さん、松崎ナオさん、辻香織さんと。加茂さんがブッキングしてくれたんです。歌いながらどんどんヘコんでいきました。他の人の神のような表現力の声を聞くと「ああ、私じゃなくてもこの人が音楽を作ればいいじゃん」と思うことがすごく激しかった時期で。自分に足りてないものがわかってきたし。だから、次のライヴ、ぶっちしてるんです。出るのが決まってたのに消えました。それをずっと加茂さんに謝りたくて私は。再会した時、お手紙で謝ったんですけど......恥ずかしくて通常のインタビューでは言えないことです。そして何を思ったか、一回自分を死んだものとしてリセットし、ずっとあとの7th floor(渋谷)のライヴからスタートしましたって嘘憑いてるんです。

     そして──。消えて落ちるところまで落ちました。そして開き直りました。死と面したからです。死ぬくらいならなんでもできると。自分を生かすのは音楽しかないと。だから以前の自分ほど、他のアーティストの音を聴いて落ち込まなくなりました。最初はもう一回音楽をやろうという気力はなかったので他人の曲歌ってネットに動画を上げてました。人が笑ってくれたらそれでいいやという感じ。そこでリアクションがあってから、少しづつ欲がでっかくなっていって曲を作り始めたんです。

     そのあとのライヴ、7th Floorで怪しい人に会いました。今のディレクターです。すごく不審な感じで酔っぱらってハァハァしていて......怖いから連絡先渡しました。名刺もらったけど、(不義理をしたので)EMIは絶対に行ってはいけない会社だと思ってた。さらにはこんな名刺はたぶん嘘やしと思って。その頃には、いくつか他のレコード会社の人も声をかけてくれていて、プロへの可能性も見えてきた感じがしました。EMIではデモ・レコーディングというか、オーディションぽいのがありました。3曲歌ってみて〜って。試されている感じが嫌で、トラウマ。 思い出すと胃が痛くなります。10月末までに答えを出してって言われ、結局、EMIに決めました。運命ですね、EMIに帰ってくるって。ほんとに縁だと思います。
    (小南泰葉・談)


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    1stシングル『Trash』

    2012年09月26日発売

    1,200円(税込) TOCT-45056

    【初回生産分限定】スペシャルブックレット仕様

    収録曲
    01. Trash (映画「アシュラ」主題歌)
    02. 希望 (映画「アシュラ」主題歌)
    03. NAME
    04. Trash (instrumental)
    05. 希望 (instrumental)

    CD購入はこちらへ! → Amazon http://bit.ly/trash_120926

  • No.23

    表紙と巻頭はBase Ball Bearです!
    インディーで活動するミュージシャン4人を集め、小出裕介(Base Ball Bear .Vo/Gt)の"カコミ"取材を行いました。
    インディーで活動するミュージシャンの目線からの質問など音楽で生きることを目指している方必見です。
    他にも「上田健司 公開デモ評議会」、「マキタスポーツの君の心に"シャバっ気"はあるか!」
    「ベーシストに教えたいEMI名盤攻略ガイド(長島涼平 the telephones)」などなど読み応えありです!

「Great Hunting」は、当社が保有する商標であり、商標登録出願中です。(商願2016-037401)

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